高知の公共交通再生プロジェクト【その4】新運賃体系案・前編
【その3】から続きます。
公共交通連合の要の一つである「地域内で統一された運賃体系」の実現について、今回は述べていきます。重要な内容ゆえに長丁場になりますが、よろしくお願いします。
現行運賃体系の問題点
新運賃システム案に入る前に、現行の運賃体系が抱えている問題点についていくつか指摘したいと思います。
◆ 同じ移動距離でも運営主体によって大幅に異なる運賃体系
約15kmの移動でもJR土讃線の高知駅~土佐山田駅間は360円で済みますが、途中から別会社の土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線が絡む高知駅~のいち駅間は520円と高くなります。
そして、とさでん交通路線バスがカバーする高知駅前~西芝(土佐市高岡)間は、870円とかなりの高額になります。ここまで高いと、もはや便利な住民の足ではなく、「車を利用できない人がどうしても移動しなければならない時に仕方なく利用するもの」であると言わざるを得ません。
◆ 乗り換えるたび、途中下車するたびに再度必要になる初乗り運賃
JR土讃線のみで土佐山田駅から旭駅(18.9km)まで移動した場合360円で済む一方、高知駅で路面電車に乗り換えてはりまや橋まで移動した場合、合計の距離は16.1kmと前者より短いにかかわらず、路面電車の運賃200円が別途必要になり合計560円と割高になります。
乗り換えた電車が、遊園地へアクセスする交通機関であるならば、この運賃体系でも全く問題ないでしょうが、路面電車は職場や病院へのアクセスでも使われる日常交通手段です。世間では「会社が違うから仕方ない」という認識ですが、公共サービスという観点で見るとかなり不条理に思います。
また、一旦途中下車した場合も再度初乗り運賃が必要で割高となります。路面電車の市内均一区間内で、ある区間を1回乗車した場合は200円ですが、途中で用事を済ますために下車して再度乗ると、最終的に同じ区間乗っても倍の400円が必要になります。
◆ 均一制と区間制が絡む歪な運賃体系
極端な例ではありますが、路面電車の市内均一区間両端(介良通~曙町東町9.0km)を乗車した場合200円である一方、知寄町(市内均一区間)~小篭通間の6.8kmを乗車した場合、前者よりかなり距離は短いにも関わらず480円と2倍以上になります。
なお、市内均一区間をたった一区間越えて乗った場合でも200円から310円と一気に運賃が跳ね上がります。
<路面電車運賃表>
(とさでん交通ホームページより)
◆ 前時代なシステムの定期券
現行の定期券は「決まった区間を多く利用する人は割引しますよ」と仕組みです。役所や学校など、通う場所が固定されており月間における利用日数も一定以上あるという場合は特に問題ないですが、現在においては働き方は多様化しており、定期券はそれらに上手く対応できてないと思われます。
例えば、「チェーン店勤務で日によって勤務地が異なる場合」、「現地直行・現地直帰する場合」、「パートや短時間正社員等出勤日数が少ない場合」、「自営業者で様々な場所へ移動する場合」、「高校生が部活の試合で移動する場合」などに対応できず、多様な現代のニーズに合っているとは言いがたいものになっています。
公共交通は前時代的すぎる!!
結局のところ、運賃体系をはじめ公共交通をとりまくシステムが古すぎます。それら前時代的なシステムを根本的に見直してこなかったことこそが、公共交通離れ・クルマ利用への逸走を招いてきた最大の要因と考えられます。
クルマ利用においては、固定費は高額であるものの道路を利用する上でそのような不条理はありません。関所があるわけでもなく、有料の高速道路も下道で回避できます。ガソリン代も基本的に走った距離に応じてかかります。公共交通の不条理さに比べたら雲泥の差です。
IT化が進んでいなかった時代は、設備や事務処理能力を考えるとそれで仕方なかったと思います。(それでも、会社間通し運賃となる定期券の発行はできたかと思われますが)
現在では、ICカードやQRコードなどIT技術を活かした決済方法が登場しています。通し運賃への対応も容易になっていますし、定期券に替わってポイント還元による割引も可能になっています。
これらの特性を活かして、「より利用者目線に立ったシステム」を導入しやすくなっています。地方の公共交通をバージョンアップしていくチャンスです!
ICカード・QRコードの特性を活かした運賃体系へ
これまでも「どういう運賃体系が利用者にとってベストだろうか?」と色々考えてきました。
すでに公共交通連合(運輸連合)を実施している欧米の事例では、IT化前よりゾーン制やレギオカルテなどで対応しています。
「ゾーン制」は、IT化前においては最も利用者目線に立った運賃システムだと思いますが、それでも利用者がゾーンの範囲を覚える必要があります。ごく短距離の利用では、均一制と同様に割高感が否めず、ゾーンを跨ぐとさらに割高になる場合もあります。ゾーン内外でも不公平が生じてしまいます。
交通政策では有名なドイツのフライブルク市都市圏で導入されている「レギオカルテ」はどうでしょうか?「環境定期券」とも呼ばれるエリア定額のパスで、かなりの広範囲を安価に利用できるという素晴らしく魅力的なものですが、残念ながら運行経費に対して運賃収入の割合が低くなるため(独立採算的に言うと大赤字です!)、その部分をカバーする潤沢な財源がない限り導入は困難です。
最終的には、公共サービス・社会保障制度として独立採算によらない公共交通を実現することを目標にしていますが、当初は運行経費の8~9割以上を運賃収入で確保できる体制とするのが望ましいかと思われます。どれだけの運賃収入の確保を考えているかは後日アップする記事にて説明します。
高知のICカード「ですか」ですでに導入されている「乗継ポイント割引制」も同様に、利用者がそのポイントを覚える必要があり、ポイント以外での乗り継ぎや途中下車には対応していない課題があります。また、以下をご覧のように乗継ポイントによって割引額が異なる点も不条理に思います。
(とさでん交通ホームページより)
結局のところ、純粋に乗車した距離に応じて1円単位で運賃を支払うのが最も公平かつシンプルな方法です。それならば、乗り継いでも途中下車してまた乗っても、支払った運賃は純粋に移動距離に比例します。一乗車ごとの精算ですが実質的に通し運賃になります。
とは言っても、現金払いでは区間ごとの細かい運賃計算や小銭の用意が困難なため、ワンマン運転方式にせよ券売機方式にせよ、1円単位の距離比例式運賃の採用は事実上不可能です。そのため昔から現在に至るまで、便宜的な方法として均一制運賃や段階的な対キロ区間制運賃を採用しています。
時は21世紀に入り、先ほども述べたようにICカードやQRコードがキャッシュレス決済として登場しています。それらの特性を活せば、1円単位の距離比例式運賃を問題なく採用できます。定期券に替わる割引方式として月間利用金額に応じたポイント還元も可能になりますし、携帯電話料金のように後払いにも対応できます。
県民は「1日ごとに初乗り50円+距離比例1kmごとに10円」!
距離比例式運賃について具体的に述べていきます。現時点で考えている運賃体系案について以下の表にまとめています。
◆ 県民(住民)と来訪者(観光客等)とで異なる運賃水準
表のように新運賃体系案における最大の特徴は、通勤通学や買い物をはじめとする必需の移動を抱えている県民(住民)と、娯楽やビジネスなどの要素が大きい来訪者(観光客や出張者)とで、異なる運賃水準を採用している点です。
県民に関しては、生活交通として誰もが利用しやすい運賃水準に、観光客等の来訪者に関しては、利用しやすい運賃水準を重視するものの県民よりも上乗せし、ある程度の収入確保を視野に入れるという考えです。
これもICカードを採用してこそ実現可能になる運賃体系です。
◆ 1日ごとの初乗り運賃を導入する理由
1円単位の距離比例式運賃を基本としますが、県民、来訪者問わず1日ごとに初回利用時のみ初乗り運賃を設定するのが望ましいと考えています。
これは、高知市内などで近距離のみ移動の場合、あまりにも安くなり過ぎるためです。1km=10円の距離比例式運賃のみの場合、通勤で片道3km往復して60円。独立採算を前提にしなくても、これでは運営は厳しいと思われます。そのため、積極的な利用を阻害しない程度に、1日ごとに初乗り運賃の設定を考えています。「基本料金みたいなもの」と考えればよいでしょう。
これもICカードゆえに実現できる運賃体系で、距離比例運賃と同様、県民と来訪者とで異なる運賃設定を想定しています。
◆ 県民「1km=10円」の根拠
この運賃水準はもともと、「低所得者でも気兼ねなく利用できる」、「マイカーから公共交通へ転換を促す」という視点から着想しています。そのためには、公共交通の運賃がマイカーのガソリン代と比較して高くなり過ぎないことが求められます。乗用車の燃費を1L=15km、ガソリン価格を1L=150円とすると、「1km=10円」となります。自分の経験とも照らし合わせても、「これならどんどん利用する!」と思える水準でもあります。
実際には、ハイブリッドカーをはじめとし1Lあたり25km以上走る低燃費車も多く、1km=10円を切る場合も珍しくなくなっていますが、「1km=10円」という設定は何よりも計算が容易であるメリットが大きいです。距離さえわかれば、だいたいの運賃がすぐに暗算できます。
加えて、クルマの場合はあくまでも燃料代のみですが、公共交通は支払う運賃の中に燃料代のみならず、車両代、整備代、保険代等がコミコミで含まれています。しかも、運転手まで付いています!それらを勘案すれば、「1km=10円」でもマイカーの維持よりもはるかに安価な設定であると言えます。
さらに具体的には、「通勤手当のないパート従業員でも気兼ねなく通勤利用できる」、「年金暮らしの高齢者が買い物や通院などで利用しても家計を圧迫しない」、「大学生が通学のためにマイカーや原付バイクを買わずにすむ」、「家族連れや友人同士でのお出かけ時、公共交通利用も選択肢になる」などの視点を重視しています。
誰もが、生活の足として日常的に利用できる公共交通の実現には、やはり「1km=10円」程度の運賃水準が妥当であると考えます。
JR四国通勤定期の値段で県民誰もが利用可能に!
「1km=10円」と聞くと、とさでん交通の路線バスをはじめとする、現行の高額な運賃水準からすれば、一見安すぎるように感じます。この運賃案を適用すると、路面電車の「後免町~はりまや橋」が現行の480円から約110円に下がり、ここまでの値下げは一見すると非現実的にも思えます。
しかし実際には、JRの通勤定期は「1km=10円」よりも安価になる場合が多いです。例えば、JR四国の片道20kmの1ヶ月通勤定期は10,930円ですが、25日往復利用とすると1日1kmあたり10.93円となり、6ヶ月定期の場合は同じ条件で1日1kmあたり9.35円で10円を切っています。JR本州三社ではさらに安価なものになっており、その中でも電車特区内は極めて安価な設定となっています。
JRの通学定期になると、さらに安価になります。JR四国の片道20kmの1ヶ月通学定期券(高校生)は8,000円と、25日往復利用とすると1日1kmあたり8.0円となります。片道40kmの場合は10,240円で、同じ条件で1日1kmあたりわずか5.12円となります。「激安!」とすら思う設定でこの値段で発売していることに感心すらしてしまいます。
また大手私鉄では、通常の運賃自体が「1km=10円」に近い場合やそれよりも安価な場合も多くみられます。例えば、東急電鉄の渋谷~横浜間24.2kmの運賃は272円で1kmあたり約11.2円、小田急電鉄の新宿~小田原間82.5kmの運賃は891円で1kmあたり10.8円と1kmあたり10円に近い値となり、阪急電鉄の大阪梅田~京都河原町間47.7kmの運賃は400円と1kmあたり10円を切っています。同じ区間の通勤定期は、1ヶ月定期で15,800円で25日往復利用すれば、1日1kmあたりわずか6.62円の計算になります。
それらを勘案すると、「1km=10円」の運賃設定は安すぎるわけでもないことがお分かりいただけるかと思います。むしろ、距離逓減や往復割引の制度がないゆえ長距離利用の場合はやや割高にも感じられるくらいです。(それゆえ、定額の乗り放題パスの設定も考えています)
定期券そのものを廃止する考えのため、通学でJR線のみを利用している場合はかえって値上げになりますし、家計が同じ夫婦で同時に利用した場合は「1km=20円」となりマイカー利用に対して少し不利にも思えます。後述しますが、それゆえ家族連れでも利用しやすいよう、同伴の子供運賃無料化や土休日利用の10%ポイント還元を提案しています。
まとめますと、「1km=10円」の距離比例運賃により、県民誰もがJR四国の通勤定期の値段もしくは大手私鉄の運賃設定で、県内公共交通機関(一部除く)を短区間・一乗車から利用可能になります!!
長くなりましたので、後編にて続きを述べていきます。
【その5】へ続く